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十一 - 25
    呑気(のんき)と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。悟ったようでも独仙君の足はやはり地面のほかは踏まぬ。気楽かも知れないが迷亭君の世の中は絵にかいた世の中ではない。寒月君は珠磨(たます)りをやめてとうとうお国から奥さんを連れて来た。これが順当だ。しかし順当が永く続くと定めし退屈だろう。東風君も今十年したら、無暗に新体詩を捧げる事の非を悟るだろう。三平君に至っては水に住む人か、山に住む人かちと鑑定がむずかしい。生涯(しょうがい)三鞭酒(シャンパン)を御馳走して得意と思う事が出来れば結構だ。鈴木の藤(とう)さんはどこまでも転(ころ)がって行く。転がれば泥がつく。泥がついても転がれぬものよりも幅が利(き)く。猫と生れて人の世に住む事もはや二年越しになる。自分ではこれほどの見識家はまたとあるまいと思うていたが、先達(せんだっ)てカーテル·ムルと云う見ず知らずの同族が突然大気 (だいきえん)を揚(あ)げたので、ちょっと吃驚(びっくり)した。よくよく聞いて見たら、実は百年前(ぜん)に死んだのだが、ふとした好奇心からわざと幽霊になって吾輩を驚かせるために、遠い冥土(めいど)から出張したのだそうだ。この猫は母と対面をするとき、挨拶のしるしとして、一匹の肴(さかな)を啣(くわ)えて出掛けたところ、途中でとうとう我慢がし切れなくなって、自分で食ってしまったと云うほどの不孝ものだけあって、才気もなかなか人間に負けぬほどで、ある時などは詩を作って主人を驚かした事もあるそうだ。こんな豪傑がすでに一世紀も前に出現しているなら、吾輩のような碌(ろく)でなしはとうに御暇(おいとま)を頂戴して無何有郷(むかうのきょう)に帰臥(きが)してもいいはずであった。<dfn>http://www.99lib.net</dfn>

    主人は早晩胃病で死ぬ。金田のじいさんは慾でもう死んでいる。秋の木(こ)の葉は大概落ち尽した。死ぬのが万物の定業(じょうごう)で、生きていてもあんまり役に立たないなら、早く死ぬだけが賢こいかも知れない。諸先生の説に従えば人間の運命は自殺に帰するそうだ。油断をすると猫もそんな窮屈な世に生れなくてはならなくなる。恐るべき事だ。何だか気がくさくさして来た。三平君のビールでも飲んでちと景気をつけてやろう。

    勝手へ廻る。秋風にがたつく戸が細目にあいてる間から吹き込んだと見えてランプはいつの間(ま)にか消えているが、月夜と思われて窓から影がさす。コップが盆の上に三つ並んで、その二つに茶色の水が半分ほどたまっている。硝子(ガラス)の中のものは湯でも冷たい気がする。まして夜寒の月影に照らされて、静かに火消壺(ひけしつぼ)とならんでいるこの液体の事だから、唇をつけぬ先からすでに寒くて飲みたくもない。しかしものは試しだ。三平などはあれを飲んでから、真赤(まっか)になって、熱苦(あつくる)しい息遣(いきづか)いをした。猫だって飲めば陽気にならん事もあるまい。どうせいつ死ぬか知れぬ命だ。何でも命のあるうちにしておく事だ。死んでからああ残念だと墓場の影から悔(く)やんでもおっつかない。思い切って飲んで見ろと、勢よく舌を入れてぴちゃぴちゃやって見ると驚いた。何だか舌の先を針でさされたようにぴりりとした。人間は何の酔興(すいきょう)でこんな腐ったものを飲むのかわからないが、猫にはとても飲み切れない。どうしても猫とビールは性(しょう)が合わない。これは大変だと一度は出した舌を引込(ひっこ)めて見たが、また考え直した。人
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